□  約束                                  平成14年6月13日



 建築の図面も、施主と施工者の間でこれから行われる工事についての‘約束’事を伝達し、書類化したものである。人間の社会は常に毎日の作業、行動がいかにきちんと‘約束’を守れるかどうかにかかっていると言っても言い過ぎでない。

 30年近く前、美大出身の仲間2人に誘われて渋谷で酒を飲んだ。シャンソンが聞ける、雰囲気の良い店だということで、主婦向け住宅雑誌の原稿が仕上がったので誘われるままに出かけた。仕事の打上げ気分もあり、レコードのシャンソンを聞きながら冷えた2、3杯のロックのジンはうまかった。頭の隅には、明日10時に日本橋の地下鉄八丁堀の出口で大学の先生と待合せをし、87歳の文化勲章受賞の日本を代表する建築家の先生と3人でお会いする約束が消えずに残っていた。アルコールは控えながらも話ははずみ、終電車で帰宅となった。翌朝目が覚めると10時20分、とうに大学の先生との待合せ時刻も過ぎている。慌てて待合せ場所に飛んでいっても、先生が居られる筈もなかった。

 銀行における最近の融資の考え方を、東京の都市銀行のOBの方から聞いた。銀行も最近の経済情勢を考えると、企業融資から個人ローン重視へと目を向けざるを得ないとの話。個人ローンの融資の基本の5原則、@事業計画の妥当性A返済計画の安全性B債権の保全の手当てC信頼に足る人物かD貸し金の採算性、であるが、最近重要視されるのはC信頼に足る人物か、であるそうだ。どんなに肩書きが立派でもだめ、極端に言うと個人の信頼に足る人物でないと思われたら融資しない。長いお付き合いをしていく訳だから‘約束’がきちんと守られる人物かが大事ということだ。

 待合せ場所から、その足で大学の先生のご自宅に謝りに出かけた。人生のスタートラインに立った時の‘約束’破り、自責の念この上ない気持ちで出かけた。玄関で先生にお詫びしたら、先生は自分を自宅にあげ、自分で台所に立ち豚肉の手料理を作って、怒りもせず昼食をもてなしてくれた。

 以来、‘約束’は何があっても守るし、自分でできない‘約束’はしない事に心で決めている。

  

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