□  思想は高潔に、生活は質素に                         平成14年6月28日



 バブル崩壊後、喧伝されているのは「米百俵」の精神の清貧さ。ものの豊かさを追い求め続けてきたのが高度成長の戦後、そして頂点に達したのが世紀末バブルの熱気。確かに「ものの豊かさと心の豊かさ」は両立する。

 ‘思想は高潔に、生活は質素に’。「八王子セミナーハウス」の食堂に英語と日本語で掲げられている。

 「八王子セミナーハウス」。東京で数多く建築家の作品がある中でも、自分の好きな特筆すべき作品である。設計故吉阪隆正先生。八王子のなだらかな丘陵に逆四角錘の楔を打ちこんだ形で、打ち放しコンクリートの本館棟は建てられている。20年間かけて8期に亘って全体計画は完成した。広大な自然の中に、本館を中心として宿舎、セミナー室、図書館、講堂…等自然のかたちをこわすことなく配置されつづけてきた。各ブロックへのアプローチも起伏に富んだ、複雑に入り組んだ遊歩道状になり、歩いていて楽しくなってくる。小さな宿舎は、大地に杭を打った上に乗せ、高低差に合わせることによって、自然発生的な集落の形態の雰囲気をつくりだしている。数年前まで何度か泊まる機会があったが、集落の原型「部分」を生かしながら「全体」をまとめ上げていく手法の見事さに感心した。

 昨年9月11日の米国同時多発テロのワールドセンタービルの近くに、1年のうち何ヶ月か居住している日本の有名な女優の話は心打つものがあった。日本で常に女優として見られることから開放され、1人の人間として自分を見つめ直す距離を測るために米国に住んでいる。自分の財布の中にどれだけお金が残っているか、毎日計算しながら計画だって生活をしていた若い学生時代のお金の使い方と生活スタイルを忘れてはいけないと。

 「ものの豊かさと心の豊かさ」は両立はするが比例はしない。

 「八王子セミナーハウス」の‘思想は高潔に、生活は質素に’。景気が上向きの時代は勿論だが、厳しくなってきた今、毎日の追われる生活の中で、理想はかかげながら行動しなくてはならない。より一層考えさせられる教訓であることをふと忘れてしまう時がある。



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