□ マスマーケティング                                               平成15年5月14日


 当時ならとても考えられない、「便利」になった。20数年前大晦日の日、東京練馬の小さな家で朝からずーっと建築図面を画いていた。暮れから徹夜続きの状態でもなかなか仕上がらない。大晦日の晩もこのまま行けば朝まで画き続けそのまま年を越してしまう。何メートルも離れていないところに衣料品から食料品まで安くて人気のあるスーパーマーケットがある。外は暮れの買い物でごった返して騒々しくてにぎやかだ。このまま行けば徹夜続きの高揚した気持ちも手伝って外の賑やかな雰囲気と一体になって建築図面も捗っていく。そう勝手に思い込んだのがいけなかった。店が閉まる午後7時になったら安売りの掛け声が消えた途端一気にあたり一面暗闇とともに静まり返ってしまった。あの都会の寂寥感は耐え難い。正月になったらもっとひどい、どこも店も開いていないし、食堂も無い。耐え難い孤独感の中で慌てて図面を画くのを中断、実家に帰らざるを得ない。そのころ、コンビニエンスストアは殆どない、「不便」だったのである。

 今は殆どどこにだってコンビニエンスストアはある。一番大手のコンビニエンスストアは数年前で全国8500店舗展開、その後弱かった愛知名古屋にも進出していると聞くからもう9000店舗の規模になっているかもしれない。全国津々浦々まで様々なコンビニエンスストアのネットワークが張り巡らされている。自分の住んでる地方都市の家の周りにも歩いて数百メートルのところにコンビニエンスストアがあった。夜の十時ごろには散歩がてらに出かける楽しみがあった。何を買うでなくても週刊誌、単行本、アイスクリームを買ってしまう。2-3日すると又繰り返して出かける。小さな客単価かもしれないが繰り返し出かけることが自分の家の周りの生活圏の一部、生活のリズムになっていく。「便利」だったのである。急に近くで歩いていくことのできる距離にあるコンビニエンスストアがなくなった。小さな楽しみとともに「不便」になってしまった。生活圏一キロ以内に店舗展開するのがコンビニエンスストアの基本戦略、コンビニエンスストアの戦略からは目が離せない、生活スタイルを「変化」させていく。

 一キロ圏内どこにでもあるからコンビニエンスストアの業態も急速な「変化」を遂げていく。年中無休、24時間営業は強みが出てくる。銀行が閉まっていても自由なときにガス、水道、電気料金、電話料金、現金自動支払いができる。都市部ではATMの機能も果たしていく。国民健康保険料の滞納も消えていく。インターネットで書籍の注文も当たり前になってきた。書籍の受け渡しは宅配便かコンビニエンスストア預り渡しかどちらかを選択しなければならない。30パーセントと70パーセントの比率ぐらいかと思っていたらコンビニ預りが92パーセントの比率なのには驚いた。宅配便は便利なようでも不便、居ないときに配達になったり、休日の朝に届いたりする。受け取りに行きたいときに店が開いている、年中無休だから92パーセントのシェアを占める。受け取る側の主体性で関わることの出来るビジネスモデルを確立できる条件を整えている。1947年、48年、49年生まれの一番人口の多い団塊の世代があと平均で30年は生きていく。大きなひとかたまりの世代が高齢化していくから本格的な高齢化社会がやってくる。生活圏一キロ圏内に張り巡らされたコンビニエンスストアのネットワーク、書籍と同じ食材も含めた宅配ビジネスも視野に入ってくる。顧客の名前は家まで届けるようになるから顔まで分かる。小さなコンビニはますます生活に深く密着していく。

 家族が病気になっても不幸がおきても店舗を閉めることが出来ない。コンビニエンスストアの営業の厳しさを書いた本はたくさんある。数多い小さい店舗で量を売っていくビジネス、究極の「マスマーケテイング」の世界。200円の缶コーヒーが1店舗20本売れれば9000店舗で180000本、大きな店とは違った小さな店舗の数の掛け算で勝負していく。逆にロスが出れば膨大な金額になっていく。小さな店で小さな商品を扱っていくことの厳しさがある。売れ筋商品、在庫管理、管理はしっかりリアルタイムでやらなければならない。コンビニ残酷物語と揶揄される本が出回ることになる。金銭の出し入れ、商品の宅配、インターネットと結びついた新しいコンビニエンスストアのあり方は都市のあり方を変えていく。もう大きな店舗を構えた都市の姿は消えていくかも知れないし、目に見えないネットで結ばれた商店街が生まれ、アーケードで結ばれた商店街のイメージは立ち上がって来そうもない。小さなショップが点在していく、小さなショップで小さな商いだから深く掘り下げたかたちがモデルになっていく。小さな手間のかかる工事より大きな工事に目が向いてきたのが建設業界、小さな手間のかかる工事に目を向け、数をこなし業績を延ばし続ける建設分野もある。顧客の顔がきちんと見えることの出来る顧客の側に立ったビジネスモデル。100人の顧客を獲得するより1人の顧客の継続。21世紀の「変化」のモデルはコンビニがつくっていく。コンビニエンスストアは生活のリズムに入ってますます「便利」になっていく。

                                          (青柳 剛)


ご意見、ご感想は ndk-aoyagi@ndk-g.co.jp まで


「森の声」 CONTENTSに戻る