言わず語らず                                           平成15年9月8日


 右肩上がりの経済のときは良い。誰が何をやったのかはっきりしなくても良かった。全員が匿名性の世界で動いてきたのである。誰が何をやったのかはっきりしない。日本の国の官庁組織も、企業の組織も同じようなことをやってきた。日本全体がうまくいっている時は良い、匿名だろうとみんなが貢献できて話がうまく進んでいるなら、それはそれでいいのではないか、と言うことであった。右肩上がりの経済ばかりでない、自民党一党優位体制ばかりでない、巨大派閥だけで動いているのでない、となったと気づいたときから企業風土、官僚文化も政治の世界も変わりだしたのである。中身が、個のあり方がしゃべりを通して変わりだした。

 テレビの政治討論番組では若手の政治家から始まって中堅、総理経験者まで登場する。マスコミにきちんとしゃべれなければ資質そのものを疑われる。ここまで言っていいのかといった踏み込んだ発言をする時代になった。政治の浄化が進んだといった首相経験者もいたが確かに政治はマスコミのおかげで浄化と言うよりは透明度は進んだ。しゃべりの中から国民はそれぞれ政治について考える。あっという間に国民皆一億総評論家になる。派閥の力が強くて自民党一党優位体制が続いているときはおそらく考えられなかった。こんな状況は、いともたやすく政権が崩壊した1993年の55年体制の崩壊から始まっている。一年足らずで自民党は政権に復活したが、一枚岩であった組織がいったん割れたという事実は消えない。組織は永遠でない意識は引きずられていく。組織の枠が弱まるからそれぞれしゃべりだし、すべてに亘って透明性は拍車がかかっていく。

 昭和42年に田中角栄が会長としてつくった「都市政策大綱」と5年後の「日本列島改造論」との差異は分からなかった。イコールで結び付けられてきた。「都市政策大綱」は70年安保を迎える反体制的な状況下でつくられた。社会開発論、公共の福祉優先論、受益者負担論を時代を反映して明確に打ち出している。反体制的な都市論や市民論を取り込むことによって全体に社会にアッピールするかたちになっている。「都市政策大綱」のイデオロギー的な国土政策の面を切り取り、開発政治の面を浮き彫りにしていってつくりあげたのが『日本列島改造論』。質的に異なる「都市政策大綱」の延長上として「日本列島改造論」は連続性をもって位置づけられてきた。「日本列島改造論」の冒頭に「都市政策大綱」の要約が文章として入っているからである。

 「言わず語らず」、「言わざるは金、言うは銀」、「言わぬが花」、「秘すれば花」、「沈黙は金」。あれこれしゃべるのは良くないという美学が日本では培われてきた。文字化してしまうとたちどころに価値が薄れていく。芸の口伝の世界。マル秘の世界、企業秘密、絶対に他の人に言ってはいけない、言わないということが価値を持ってきたのである。田中角栄の「日本列島改造論」の成り立ち過程も携わった人達のしゃべりの中から別の真実が見えてきた。もっと大きく広げて考えれば歴史も書かれた上澄みだけの切り張りだけで作り上げられてきたんじゃないだろうか。複雑な葛藤の中でつくられた歴史は別の見方もある。匿名性で一括りにされてきた。企業風土、官僚文化、そして政治も個、しゃべりの中から有名性へと変わってくる。酒を飲んで肩をたたきあいながら、水に流してしまう企業風土は確実に変わりつつある。東京大学御厨貴教授の「オーラルヒストリー」(中公新書)の話である。

                                          (青柳 剛)

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