スリッパの法則                                                平成17年2月17日


 スリッパに履き替えて貰えば良いに決まっている。雨の日もそうだが雪の多い地方は下足でそのまま上がってこられたら泥と雪まで一緒に室内に持ち込まれてしまう。きちんと社屋の玄関にスリッパ置き場と段差のついた上がり框まで出来ている会社が多い。今日の話は久しぶりに会社経営の話である。スリッパに履き替えて貰う論理は自分達だけの論理、眼が外に向いていない。加えて外部の人間と遮断する壁が出来てしまう。「あの会社に行くと靴を脱がなければならないかあ・・・」と言う気持ちは運ぶ足を鈍らせる。今の時代に何をおいても大切なオープンさが失われていく。靴を履き替えて貰う論理は内輪の論理、「会社は家と同じ」と経営者が意識した悪しき家族主義がはびこる事になる。こういった会社には投資を手控える、今話題のファンドマネージャーが書いた本「スリッパの法則」(藤野英人著 PHP研究所)の事である。

 この本はそれこそあっという間に読み切ることが出来る。ハウツウ物の本はただそれだけで終わってしまうが、企業に投資をする眼で書いた本だから面白い。投資の基本は、その会社の現状や成長性をいかにすばやく判断できるかで勝負が決まる。3000社もの会社を見てきた経験が本の中身を濃くしている。象徴的な言葉が「スリッパの法則」、本の題名になった。朝日新聞の天声人語の欄に取り上げられて一時期話題にもなったと言う。もちろんスリッパに履き替える会社がすべて悪い訳ではない。クリーンルームが必要な会社なら履き替えざるを得ない。履き替える気持ち、履き替えさせる気持ちがいつの間にか変に閉鎖した家族主義が醸成されていく。東北、北海道、長野、新潟、多雪地帯の会社でも、元気があって伸びている会社は総じてスリッパには履き替えない会社が大半だそうである。

 こんな調子で会社の見分け方「63の法則」が書いてある。当たり前の「業績不振の要因を景気や政府の所為にする社長の会社は景気が回復しても業績は回復しない」に始まって「自分の過去の苦労話に大半を割く社長の将来性は乏しい」、「質問すると怒り出す社長の会社は、負け組み企業入り」、「社長室の豪華さとその会社の成長性は反比例」、「豪華な社屋を建てたときは、業績のピーク時」、「急成長企業の新規分野への強気発言は五割引で聞き、低成長企業の場合は9割引で聞く」、「成長産業にいるからと言って成長企業とは限らない」、「大成功している経営者は、例外なく細かい」、「トップ自らディスクロージャーする会社は安心である」、「オペレーター型の社長は景気が右肩上がりの時、イノベーター型の社長は変化の時代こそ強い」、「金融機関による保有株比率が高い会社は、株価の上昇は期待できない」、「キャッシュフローの分析よりもビジネスモデルの分析に時間をかけろ」・・・、伸びる会社・駄目な会社の法則が書いてある。
 
 そう言えば病院、そして少し気の利いた医院なら今では殆どスリッパに履き替える事はしない。入り口にしっかり殺菌マットが置いてある。ずーっと昔の病院は畳の上に患者が寝ていた、今ではどこでもベッド。畳ならスリッパに履き替えるのが当たり前、ベッドになってもスリッパが続いていたのはただなんとなくそのまんまの状態を引き継いだだけだった。そのうえ、「患者を診てあげる」気持ちが患者に負担を強いる事になる。高熱でフラフラの患者にもスリッパに履き替えでは来なくなってしまう。ましてや医療でもない普通の企業がスリッパに履き替えでは企業の側だけの論理と言われても仕方がない。汚れたら自分たちで掃除をすればいい。掃除を惜しむ気持ちだけがスリッパに眼が向いていく。後はスリッパのペタペタ感も働く動きに向いていない、どうしても履き替えるんならスニーカー。夜の九時半、毎晩前を通ると社員全員で窓拭きから床掃除まで徹底的にピカピカになるまでやっている一兆円企業になった元気いい電気量販店、価格はもちろん、一兆円企業に上り詰めた原点はここにある。

                                          (青柳 剛)

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