ちょうど良いのは俺の足                                          平成17年2月28日


 韓国の大統領の瞼が下がってきてはっきりとした少しでも若向きの顔つきにするために整形して二重瞼になったとか、韓国の人気女優チェ・ジュウのあごは整形したとか、韓国の俳優はみんなそれなりにどこかを整形した美人だとか、加えて日本人の韓国プチ整形ツアーまでも最近は人気が出てきたと言う。特にチェ・ジュウは、顔もスタイルも抜群、それでも一番人気があるのはおそらく細面の小顔に不釣合いな低音の声である。日本語吹き替えのスクリーンを見ていてもつまらない。チェ・ジュウのあの低音の声が良いと思っている人は、おそらく数多い。低音の韓国語で顔に似合わずぶつぶつ放り出すような話し方がたまらない。ところで今日の話、顔つき容姿は生まれついたもの、俳優でもない限りなかなか変えられないという話である。一生引きずる変えられない顔つき容姿、素直に受け容れ生きていくことをみんなやってきた。見方を変えれば、今の顔つき容姿でも損をしながら得をしたことだっていっぱいある。

 山上たつひこの「がきデカ」を理解できるのが団塊の世代まで、その団塊の世代の真っ只中にいる。団塊の世代の体型は、一言で言えば胸が厚くて足が短い。胸の厚さは筋トレの成果もあって1m10pもあるし、足も短い。その上、顔がでかくて頭が大きいとくれば悩みだしたら止まらない。生きていられない。小さい頃からの悩みの種だった。小学生の時に欲しかったジャイアンツのマーク入りの野球帽なんかは簡単には選べなかった。デザインよりも先に選ぶ基準は、かぶれる帽子かどうかの大きさだった。好きな帽子が選べない。そして、胸の厚さと首周りに較べて手が短い。ワイシャツだって、つい数年前までは好きに店で選べなかった。いくら気に入った柄でも店で買ったのでは間に合わない。胸に合わせれば袖が長すぎる、袖に合わせればきつ過ぎる。寸法を測ってつくるしかなかった。靴もそう、簡単に25・5センチと言うわけにはいかない。足の形が違う。通販なんかもってのほか、履いてみるしかない・・・・、挙げていけばきりがない、親から貰った容姿、ずーっと損をし続けてきた。

 そうは言っても容姿で損ばかりはしていない。顔と頭がでかくて目をギョロっと向けば大抵の人は逃げていく。学生時代に「カツアゲ」なんかにあったことは滅多にない。一度だけ西武池袋線の練馬駅のホームで脅された。ちょっと年上のジーパン男が「金貸してくんない?」。「なんでお前に金貸すんだよ!」、目をむいて食いつきそうにしたらたちまち逃げていった。そう言えばあの頃脅され顔の友人がいた、「何で俺ばっかり」といつも言っていた。いじめられ顔、脅され顔がある。一緒に数人で新宿を歩いていて一人だけ見当たらないと思ったら、脇に引っ張り込まれて脅されていたのはいつも決まって脅され顔のあの友人、ほんとにかわいそう。ひ弱な泣きそうな顔だからいつも損をしながら怯えて生きていた。この間の夜の東京駅の地下鉄丸の内線ホーム、階段を勢いよく駆け下りてきた元気のいい若者に体当たりされても、「ぐーっと」足に力を入れたら尻持ちついて罰の悪そうな顔してすごすご逃げて行った。あれもでかい顔と厚い胸に救われた。最近は眉毛まで立ってきた。親から貰った容姿、損ばかりしていない。

 子供の頃に人気がある女の子は小さな女の子。「かわいい」と「小さい」は、「甘い」と「美味い」と同じくらいの意味を持つ。大きな女の子には誰も眼が向かない。それが二十歳ぐらいになれば大きな女の子はレースクイーン並みの人気が出てくる。頭一つ出た待ち合わせの目印だけではない。それでも歳をとれば又小さなおばあちゃんが可愛らしくなってくる。骨太の大柄のおばあちゃんは可愛いおばあちゃんとは言わない。生まれ持った顔つき容姿は簡単には変えられない。損をすることもあれば得をすることもある。損をする時もあれば得をする時もある。一生かかっておそらくプラスマイナスゼロぐらいの勘定かと思ってみるしかない。後は得をしそうな面だけ考えていればおそらく気は楽になる。悩んでいても仕方がない。「○○の大足、○○○の小足、ちょうど良いのは俺の足」と素直な筈の自分に言い聞かせる。後は頭の中で「三百六十五歩のマーチ」でも歌いながら速足で歩いていれば幸せ気分いっぱいになる。

                                          (青柳 剛)

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