前を歩くのは地方出身者                                          平成17年3月16日


 前を歩くのは地方出身者。ハチャメチャなことを考えるのは地方出身者。いつも時代の先端を歩いていく。日本の真ん中に出て何とかしようと思い続ける気持ちがそうさせる。こんなもんでいいとは決して考えない。一面だけを見る危険な考えかもしれないが最近この思いは強くなってきた。確かに東京生まれで東京育ちの人の数は少ない。元を辿れば何代か前ならみんな地方出身者だった。東京生まれで東京育ちの人の数が少ないから地方出身者のいろんな言動が目立って見えるんじゃないかと言う気もしないではないが、どうも違う。過激な行動、言動へと一歩前を歩むのは地方出身者、時代のアバンギャルドはいつも地方出身者、そして変革の時代をつくってきたのは地方出身者だったのである。

 建築の設計はいつも時代の流れの先を読むことを求められる。時代精神の反映として建築、都市がある。頃は、大阪万博に象徴されるように日本が高度成長に向かってまっしぐらに進んでいる時だった。未来への夢は果てしなく拡がっていた。戦後追い求めてきた新しい技術の総決算の予兆が大阪万博だった。行き着く先が手塚治虫の未来都市。国民皆そう思っていた。建築ブームに沸いていた。こんな時の大学の建築学科はどこもほんとに人気があった。みんな建築家を夢見ていた。そんな時に入学したから廻りを見渡せば確かにみんな優秀な学生ばかりだった。驚いたのが建築学科の3分の1以上の割合で東京生まれの東京育ちの付属高校出身者で占められていたことだった。そんな中でいつも過激なプレゼンテーションに貪欲に挑んでいたのは地方出身の建築学生、手堅く纏め上げていた付属高校出身の建築学生との落差はあまりにも大きい。前を歩いていた建築学生は地方出身者だった。

 日本の建築界の理論的牽引者として引っ張り続けてきたのは間違いなく磯崎新だった。これは今でも変わらないし、異を唱える人はいない。常に時代の先を読んでいた。誰もが磯崎新の作品と言葉を常に参照する。九州出身の磯崎新に注目する。若い時に設計した九州の一連の磯崎新の作品はいつも衝撃的だったし、磯崎新の九州建築作品を見て廻らなければまともな議論は先ず出来なかった。もちろん大阪万博を建築の分野から総合プロデュースしたのは丹下健三と磯崎新、当時も時代の牽引者だった。そう言えば日本の伝統的なものと新陳代謝を建築が繰り返すといってメタボリズムの思想を世に問うたのも地方出身の建築家菊竹清訓、集落の構造を調査しながら建築に最初に構造主義の概念を持ち込んだのも地方出身の建築家原広司だった。もちろんすべてがそうだとは決して言えないが時代精神の反映としての建築、都市の理論的な構築を足掛かりにして、前を歩いていた建築家は総じて地方出身建築家だった。

 こういった先鋭的な側面は建築の分野だけではない。芸能以外のすべての分野に当てはまる。いつの時代も時代の先駆者はいた。政治に眼を向ければ明治維新に日本の夜明けを真剣に考え行動に移したのは四国の坂本竜馬を始めみんな地方出身者、他にも数え上げていけばきっとどんどん浮かんでくる。経済なら福沢諭吉も渋沢栄一もいる。かたや、廻りの状況を見ながら手堅く掘り下げて纏め上げているのが東京生まれの東京育ち、決して冒険はしない。冒険はしないが着実に積みあげるものは大きい。そう言えば今話題のライブドアとフジテレビとの壮絶な戦い、面白い見方が載っていた(週刊文春3月3日号)。「現代は田舎者の全盛である。威張る奴が全盛を極めている。田舎にいると、書籍や雑誌で勉強する。書籍や雑誌には理論が書いてあり、新しいことが書いてある。従って、地方出身者は観念的たる傾向を免れない。前衛的になる。新しがりであり、理論家になり、居丈高になる。そのバイタリティーと頑張りはすばらしい。(中略)田舎者とは威張る奴である。スタンドプレイをする奴である。他人の迷惑を顧みない奴である」(「少年達よ、未来は」、山口瞳)。ライブドアの堀江貴文、今、前を歩いている地方出身者であることだけは確かだ。

                                          (青柳 剛)

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