きしむ組織                                                   平成18年2月9日


 昨年11月の17日の午後5時に国土交通省から発表された耐震偽造事件は、住民はもちろんのこと建築の設計に携わる人達にとって衝撃的な事件となった。その後起きてきたライブドア事件なども含めて市場原理主義への警鐘が倫理を絡めながら今後どういった振れかたになるか気になるところだ。そうは言っても、テレビマスコミなどの耐震偽造の報道は建築設計の一面のみを取り出すからおそらく建築設計に携わる専門家は歯痒くなってくる。挙句の果ては全ての構造設計家を見る目まで変わってしまう。建築の構造計算をするだけが構造設計とまで国民はきっと思い込んでいる。一連の顛末と今後のあり方を一番正しく報道しているのが「日経アーキテクチャー」の耐震偽造特集だ。前置きが長くなったが耐震偽造の本質の問題は脇に置いといて、昨年暮れ、使用禁止命令が出たマンションの住民たちが「お別れ餅つき大会」を家族総出でやっていた光景から読み取るものは大きい。

 どのマンションも殆ど床面積100uかそれ以上のマンションを購入した人達だった。床面積が広くて交通の便が良い、どちらかと言えば都心に立地したマンションばかりだった。もちろんマンションのエントランスはオートロック形式、他人と顔をそんなに会わせなくても済む。エレベーターに乗って自分の住戸の扉を閉めればそこは自分たちだけの静かな独立した生活が待っている。面倒な他人との煩わしい付き合いもそんなにしなくてもいい、せいぜい年に何回かのマンションの管理組合の会議に参加するぐらいでよかった。もう少し言えば他人とのコミュニケーションを嫌った人の集まりがあのマンションの住人だった。それが耐震偽造の問題が起きればみんなの気持ちがひとつになっていく。生活がかかっていると言ってしまえばそれまでかも知れないが、なかなかそうはならない。ましてや、あり得る筈のなかったみんなで「お別れ餅つき大会」、こんな光景を見せられれば組織の動かし方に眼が向いていく。

 何もかもが下降していくと組織そのものまでもが下降して行ってしまう。企業にとっての経営資源は「人、もの、金」、最近はこれに加えて「情報」とまで言われ出したが手持ちの経営資源を如何に効率よく動かしていくかが経営の基本である。上向きに全てが動いている時は気にならなくても下降しだすと中身が見えてくる。「もの」と「金」はあっという間に無くなっていく。そして「人」、「人のこころ」まで下降のスパイラルに入っていく。下降しだしたら「人のこころ」を上向きにする事が大事、「人のこころ」がバラバラでは組織そのものが立ち行かなくなるのは眼に見えている。ここで勘違いするのが「頑張れ、頑張れ」の一言、「頑張れ」の一言では「もの」と「金」が無くなりだした組織にとっては逆効果、ますます頑張らなくなってしまう。そう、下降しだした組織に与え続けるのは「きしみ」、「きしみ」を与え続ける事である。与えられた「きしみ」の元に「人のこころ」、組織はひとつになっていく。

 耐震偽造の問題は今後どんな展開になっていくか、建築の法整備も新たなステップへと向かっていくことと思われるが、耐震偽造の報道の一面を切り取った「お別れ餅つき大会」から考えさせられたものも大きい。結束する筈のなかった組織が短時間の間にあっと言う間に結束する。それだけ住民に与えられた衝撃、「きしみ」が大きかった事と「生活を守る」という目的がひとつに結ばれたから組織が結束した。組織が結束し出せば必ず答えは出てくる。右肩下がりに下がり出した企業経営、最初に手を付けなければならないのは組織、「人のこころ」である。いかに組織に「きしみ」を与え続けられるかにかかっている。与え続けられた「きしみ」のなかで人は考える。考え続けた人の組織こそ「熱い組織」に生まれ変わる。いきなり降って沸いたような耐震偽造にあった住民、「きしみ」が大きい分だけいとも簡単に「熱い組織」に変わった。「きしみ」続けた「熱い組織」に裏打ちされて始めてその先が見えてくる。


                                          (青柳 剛)

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