仕事をとる人、こなす人                                          平成18年10月30日


 まあ、この間のNHKの「クローズアップ現代」に建設業界が取り上げられるくらいだから建設業界が抱えている問題は、余程根が深い。豪雪、災害対策、ボランティア、世間の見る目が良い方に向きだしたかなと思ったら、決められたように逆風が噴出すような事件がまた起きてくる。こんなことをいつも繰り返しながら少しずつ良くなっていく業界だと思うしかなくなってくる。改めて、今、建設業界が抱えている問題を考えてみるともちろん公共投資の量は毎年どんどん減っている中、独占禁止法の改正と共に年明けからとんでもないダンピング工事の発生、「選択と集中」の理念を推し進めた結果としての都市と地方の雇用環境も含めた格差、入札制度の変革、評価制度の導入、電子入札、そして複雑な重層構造となったつくり方、仕事量が少ないのに最近は人手まで足りなくなってきた、・・・思いつくだけでも挙げていけばきりがない。問題解決のためにいろんな処方箋が取られてきたが、結果はいつもそれほど良くならない。これらの問題も、もう少し深く考えてみれば、建設業そのものに普通の産業としての「仕事をとる人、こなす人」の視点が欠けていたという事に気づかなければならない。

 「仕事をとる人、こなす人」、どんな小さな企業から世界に向けて日本を代表するような企業に至るまで、意識するかそうでないかは別にして、ものをつくる産業ならすべてにいきわたっている理念だ。建設業界だけが、成り立ち過程からこの理念が希薄だったということは否定できない。当たり前のそんなことも出来ていなかったのかと他分野の人には、きっと理解できない。グローバルな営業戦略を繰り返し世界一が眼の前に見えている日本を代表する自動車販売会社は、社員一人一人が全員でいかに売れる車をつくれるかを考えている。経営トップ、営業はもちろん、企画デザインする人、そして塗装からねじの一つを最後に締める工場の人までいかに売れる車になるか、次の仕事がとれるかをいつも考えている。かたや、もちろん小さな組織の企業こそこの理念は徹底している。親子でやっている蕎麦屋はうまい蕎麦をつくるために工夫することを怠らないし、店でいかにいい雰囲気で食べられるかのサービスに努めることに余念がない。あるときは「仕事をとる人」、またあるときは「仕事をこなす人」に自分を置き換えながら、いつも「仕事をとる人、仕事をこなす人」が一体になって動いている。

 最近マスコミを騒がしている不祥事は別格にしても、建設業が抱えている問題は多い。大きな問題になっているダンピング受注、2ー3日前の産経新聞でもトップ記事、その前は毎日新聞にも載っていた。日経コンストラクションの記事になるとかなりその辺が詳細に浮き彫りにされている。産経は発注者別に予定価格に対して80パーセント以下の落札工事に対してコメントしているし、毎日はそれこそ予定価格に対して60パーセント以下で大手ゼネコンが受注していった大規模工事を列挙している。良く考えてみれば発注者が組んだ予定価格は決して高いものではない、それどころかぎりぎりの設計単価が反映されている。例えば労務単価、最近また下がり気味だが各職種とも年間の休日などを除外して一日あたり一万数千円、年収で計算すれば三百数十万円に換算される。簡単に言えば80パーセント以下で受注すれば受け取る賃金は三百数十万円にその率をかけることになる。これではとても生活できない、現場でつくる過程にしわ寄せがいく。工事の品質や安全性に対してのリスクはダンピングと共に背中合わせについてくる。

 昨年、年度末に「公共工事に関する品質確保法」が議員立法で成立した。一言で言えば価格競争だけで受注者を決定するのではなく価格以外の要素、技術力、地域貢献、社会貢献などの要素を加味しながら受注者を選択出来る制度である。すべての公共工事に対して「顔の見える会社」の選択だ。60パーセントも安くしたらこういった制度そのものが骨抜きになってしまう。制度に正面から向き合っても、もちろん明治33年以来続いてきた価格のみの指名競争入札からの脱却だから受発注者間で当面の間、齟齬が生じるのは仕方がない。公共工事の量の減少は受け止めざるを得ないにしても、その他に抱える問題、ダンピング受注、入札制度の変革、評価制度の導入、電子調達、重層構造を含めて今抱えている問題に建設産業に普通の産業としての「仕事をとる人、こなす人」の視点で見つめなおせば産業としてのあり方が見えてくる。そう、いつも誰かが見えないところで仕事をとってきて、こなす人はとってきたものをただつくっていただけ、こんなことを繰り返してきた。「つくる人」の立場になればダンピングもなくなるし、「とる人」の立場になればいいものをつくろうという気構えが生まれてくる。「仕事をとる人、こなす人」、分断されてきたのが建設業、産業として成熟してこなかった所以はここにある。


                                          (青柳 剛)

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