□ ホテルに泊まるといふこと                                                平成20年7月21日


 偶然に建築家辰野金吾設計の「奈良ホテル」に泊まった。辰野金吾は、東京駅の設計を始め日本の建築界の草分け的存在である。自分で予約して泊まったわけでないから、偶然と言う表現があてはまる。数人の小旅行だった。前から「一度は泊まってみたいホテル」のひとつが「奈良ホテル」だったから、感激だった。ホテルの基本は落ち着けるロビーと朝食、それに付け加えればホスピタリティーだと思って疑わない。建築の評価はもう充分語りつくされているが、期待通りの雰囲気が漂うホテルだった。緑の中のロビーは広く、照明も落とされていて、それこそゆったりとした静かな時間が流れている。肝心の朝食もビュッフェスタイルではなく、本格的なイングリッシュブレックファーストだった。トーストも焼き方を変えて2枚出てくるところも心憎い。月曜の朝ということもあるのか、気忙しくなく朝食を味わうことが出来る。朝食をいい雰囲気で楽しみながらのんびりと味わえることが大切だ。

 「奈良ホテル」ほどの古さではではないが、恵比寿のガーデンプレイスの「ウエスティンホテル 東京」は1994年に開業、最近オープンした外資系のホテルとは違って、いい風格が漂いだしている。客室数にこだわらなかった建設当初のコンセプトが良い。土曜日曜のロビーの混雑は、激しいものがあるが、「奈良ホテル」とはまた違った雰囲気がある。客室と宴会のエントランスが同じということもあるが、それはそれでこの華やかさが眺めているだけで外国のホテルに出かけたような気分になるのである。1階の食堂「ザ・テラス」の混みようもすごい、朝食時はそれこそ行列待ちとなる。ビュッフェ形式だが食事のレベルはさすがに高い。少量ずつゆっくりと味を楽しむことが出来る。大人のディズニーランドと言われる恵比寿ガーデンプレイスと一体になった楽しみようがあるが、フロントを抜け客室に入ると別世界のような落ち着いた雰囲気がある。おそらく重厚な調度品もいい効果をつくりあげている。

 縁戚があるから仙台に泊まることが多い。ただ泊まって寝るだけのときにもホテルはこだわりたい。高級ホテルと違って、価格は千円単位のリーズナブルなものを求めるわけだが、ホテル側の考え方がきちんと伝わってくるようなホテルが良い。最近は殆ど「ライブラリーホテル 仙台」にしている。仙台に系列ホテルが4つある。インターネットで偶然見つけたのだが、価格は安いし、最近流行りのデザイナーズホテルの雰囲気がある。客室はもちろん狭いが、白とこげ茶色のデザインを基調とした清潔感が良い。ロビーに置かれたライブラリーも建築デザインを中心に揃えられているから、モダンなソファーに座りながら読んでいて飽きることがない。ホテルのコンセプトは若い人向きにつくられ、出来るだけ無駄なものを省きながらリーズナブルな価格の提供が可能となっている。

 「奈良ホテル」に泊まることも「ウエスティンホテル 東京」に泊まることも滅多にあることではない、「ライブラリーホテル 仙台」系のホテルに泊まることが殆んどだ。それでもどのホテルに泊まっても、その1日を大事にしたい。家にいるときよりも、少しだけのんびり感が味わえれば良い。ただ窓の外を眺めボーっとしていたり、本を読み、ゆっくりとした朝食を味わえれば良い。空いた時間は家にいるのと同じ、ジムで汗を流してそのまま朝までゆっくり寝入る・・・、こんな1日が送れれば良い。「ホテルは、家と同様か、それ以上に居心地のいいものでなければならない。(中略)ホテルに泊まるということをなにか特別なことであると思うらしい。そうではない。ホテルは家の延長であり、また、家の延長のように寛いですごすことができなければ、一流のホテルとはいわない」、林俊介が「ホテルに泊まるといふこと」(金沢倶楽部刊)の意味を言い当てている。
                                          (青柳 剛)

ご意見、ご感想は ndk-24@ndk-g.co.jp まで


「森の声」 CONTENTSに戻る