□ 稼ぎ3割、仕事7割                                                                   平成20年11月15日


 地方に住んでいて困ることがいくつかあるが、その中でも「特にこれだ!」と思って挙げてみると、本を簡単に手に入れることが出来ないことである。読みたい本がその日のうちに手に入らない。手にとって本を選ぶことが出来ない。本を読むことが日常生活のスタイルになっているから困るのである。先ず何といっても本屋の数が少ない。簡単に数えてみても郊外型書店が2つ、街中の個人経営の書店が3店舗ぐらいしか思い当たらない。もうひとつあった郊外型書店も昨年閉店してしまった。そのうち歩いて行けそうな書店はこのうちの2つ、ぶらぶら散歩がてらに立ち寄るのには辛い状況だ。その上、置いてある本の数と分野が限られている。もちろん、専門書は期待すべくもないが、どの本屋もコンビニの書籍コーナーの延長線上の本しか取り扱っていないのである。立ち読みをしながら読み応えのある「面白い本を発見!」なんてことは滅多にないのである。

 それではどういう本の買い方をするかと言うと、東京駅で時間を見つけて「オアゾの丸善」という地方の人にありそうな常識的なパターンが一番多い。東京に出かける日にちが少なくなるとそれに比例して本を買う数も少なくなると言うわけだ。買う時は一気食いならぬ一気買い状態で本を買うから荒っぽい買い方にならざるを得ない。これだけだと、もちろん読む本の数は足りない、手元に新しい本がない夜は不安になる、そして足りない分はネットで本の注文をすることになる。何を買ったらいいか見当がつかなくなるから、ビジネス書ならば簡単なサマリーが付いて毎月送られてくる「TOPPOINT」誌が参考になるし、新聞・雑誌の書評も欠かすことの出来ない購買の選択ツールとなっている。こんな買い方をするうちにようやくまあまあ期待通りの新刊本、話題本を購入することが出来るようになってきた。最近はどちらかと言えば、手軽さもあって圧倒的にネット注文、今手元にある安藤忠雄の自伝「建築家 安藤忠雄」(新潮社刊)も角田光代の「酔って言いたい夜もある」(大田出版刊)も今日送られてきたばかりだ。

 おそらく地方でなくてもこういった本の買い方をする人が多くなってきたから、ますます本屋の数は減っていく。それを加速したのが活字離れである。特に街中の小さな売り場面積の本屋の数は極端に減っている。これも時代の流れとひとくくりに括ってしまえばそれまでだが、面白い街中の本屋の話が「WEDGE」7月号に紹介されていた。江戸川区にある40坪に満たない書店「読書のすすめ」のことである。商店もまばらな一角にありながら、大手書店のようにベストセラーを店頭に積むことはなく、マイナーな本を並べているのに、それが数百冊単位で売れることがしばしばあるという。視察に訪れる書店が絶えない。店主の清水克衛に共鳴し、「本はここで買う」という仲間が1500人、この人達がこの売り上げを支えているのである。店を開いてから14年、暗い顔をして本に救いを求めてやってくる客に、元気が出る本、感動する本を薦めるのみならず、昼はラーメン屋に誘って悩みを聞き、夜は店内での酒盛りに誘って勇気付けた1500人の人の輪なのである。

 先日も東急大井町線の尾山台の駅を降りて環八に向かって商店街を歩いていたら、頑張っている小さな本屋を見つけた。キャンバス地の庇に本を沢山ぶら下げている、そのうえ、店主のおススメ解説入りだ。通りすがりに見ても、あれは売れていそうな本屋だった。お客との距離を近づける努力をしている。本屋離れの時代といっても地域の中での存在価値はきっと高い。本が沢山置いてありそうな郊外型書店も街中の小さな書店も、コンビニのように、すぐにでも売れそうな本ばかり取り扱うことを考えるから足が遠のいていく。こうなるとますます地方に住んでいると簡単に本を手に入れることが出来ない。手にとって買うのはランキング本か雑誌類に限られてしまう。後は必死に面白そうな本をネットで探す作業を繰り返すことになる。こういった本の買い方の対極にあるのが江戸川区の書店「読書のすすめ」の買い方、「人のためにおせっかいを焼いて、感謝して助け合ってきたのが日本人のアイデンティティーです。江戸時代は『稼ぎ3割、仕事7割』と言いました。『稼ぎ』とは今のウチで言えば本を売ることで、『仕事』とは壊れた橋や埋まった溝を直したり、お年寄りの具合を見に行ったりと、誰かのために何かをすることでした。一日の7割は『仕事』をしていたんです・・・」と店主清水克衛が語る「本屋のあり方」から見えてくるのは「ビジネス、地域、地方のあり方」そのものである。
                                          (青柳 剛)

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