□ 暖流経営の選択                                                                   平成20年11月22日


 最近はあまり話題に上ることもなかった音楽プロデューサー小室哲哉が、5億円の詐欺容疑で逮捕された。あれほど売れていた、一時期は時代の寵児とまでもてはやされたこととの落差は大きい。新聞各紙の1面記事の取り扱いも、その影響の大きさを物語っていた。そして、マスコミは過去の栄光とその破綻に至る過程を執拗に報道する。当時は、極端なことを言えば流れてくる曲はみんな小室系の曲だったし、それ系の音楽ばかりだった。カラオケの雰囲気を始めとして、それまでの流れを変えた音楽だった。もちろんあれほど売れていたのだから入ってくる収入は想像を超えていた。もう一生困ることがないほどの蓄えは溜まっている筈と誰もが思っていた。それが最近あまり話を聞かなくなったと思っていたら、詐欺事件になって容疑者となってしまったから誰もが驚いた。入ってくる金と出て行く金の管理を間違えた、金の使い方のマネージメントが出来ていなかったと考えれば、きっとすべてが理解できる。

 金の浪費の仕方が事細かに報道される。家賃280万円のマンションはなんとか理解できそうだが、シースルーのエレベーターが付いたお洒落で豪華なスタジオ、投資した音楽機器の金額は途方もない額だという。海外にも似たようなスタジオがいくつもある。もちろん、外車もいくつもある。アメリカに行くのにファーストクラスをすべて買い取り、片道の航空運賃だけで2000万円、2度の離婚の慰謝料と養育費も桁外れ、家で飲むシャンパンは50万円・・・、誇張されて報道されていることもあるだろうが、この金の使い方は誰が聞いていても荒っぽい。決定的な躓きになったのは香港での事業失敗による巨額の負債だったという。出て行く金に対して収入も気になるが、一連の報道で気になったのが、CDなどの売り上げによる印税収入のことである。もちろん多額の印税収入が入ってきたのであるが、印税収入の性格上、入ってくる時期が1年、2年遅れで入ってくる。金が入ってきたときは、もうその曲は売れなくなっている、売れなくなった後に巨額の収入がある、売れなくなったことに気付くのが遅れてしまうことである。

 小室哲哉のこの印税収入と金の使い方の話をしていたら、「その話と正反対、ウチは『暖流経営』なんです!」と答えたのはある企業の広報・企画担当の女子社員と営業社員、先週の雑誌の取材を受けている時だった。耳慣れない言葉を聞いたと思って、すぐに「それって何?」と聞き返したら、言葉そのもの、「暖かい経営」のことだという。どんなに利益が出ていても利益どおりの配分をしない、逆にマイナスの経営になってもマイナスの使い方をしないということである。例えばボーナスを極端に上げたり下げたりしないのである。利益が出たらきっちりと社内留保をしてとっておくからマイナスの時も対応が出来る。そして、大事なのは人のカット、リストラをしないということが『暖流経営』を支えているのである。「会社もかなり厳しかった時もありましたが、今またこうして元気にやっていられるのもこの経営方針のおかげです」と2人の社員が語る言葉の意味は、景気に左右されない、時流に流されない、変化に惑わされない、人を大切にする経営のことを言っている。

 自分で稼いだ金をどう使おうと構わないではないか、そう言われればその通りかも知れない。「ハゲタカ外資・懺悔録」(週刊新潮11月20日号)にも似たような話が載っていた。9月に60兆6000億円の負債を抱えて経営破綻したリーマン・ブラザーズ東京オフィスの若手社員のことである。地下鉄日比谷線の神谷町の駅ビルで打ち合わせ、それが終わり、六本木ヒルズのオフィスに帰るのに躊躇いもなくタクシーに乗って帰っていったという。地下鉄ならば隣の駅、所要時間3分の距離をタクシー移動していたのである。この使い方が正しいわけがない。アメリカの金融危機が表面化したと思ったら、急に世の中の流れが変わってきた。この六本木ヒルズの雰囲気で跋扈していた横文字企業がどんどん消えだした。マンション一棟買いしていた外資系ファンドは、もういない。そう、何ヶ月か前だったら、小室哲哉の凋落の話題だけでは『暖流経営』に反応しなかった。景気が上向きだした1982年、その頃から『暖流経営の選択』をしてきた企業の金と人の使い方に見習うものは多い。稼いだ金をどう使うか、いや、どう稼ぐかまで問われている、ともすれば時代遅れと思われそうな『暖流経営の選択』が、新鮮な響きで伝わってくる。
(青柳 剛)

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