□ 三角巾の少年                                                                       平成21年2月2日


 内館牧子の「百年も昔・・・」というエッセイの話である、・・・『中学生のときに、乱暴者でみんなに嫌われていた少年が居た。あまり勉強も出来ずに、乱暴者で教室のガラスを割ったり、女の子に悪さをしたりしていつも教師に怒られ、「もう学校に来るな!」という雰囲気にもなっていた。誰にも相手にされなくなった、よくいる悪ガキのことだが、ある日、その少年が三角巾をして手を吊って登校してきたのである。教師もクラスメートも彼を取り囲み、「どうした?大丈夫?」、「何をやったんだよ!痛いか?」と心配顔で覗き込む。包帯でぐるぐる巻きにした手を三角巾で吊って、顔色まで青くなって、いつになくしょげ返っている。とにかく、休日に三角巾で吊るほどの怪我をしたのである。やがて、三角巾も包帯も取れて怪我は治ったのである。

 それからしばらくたったある日、その少年がまた包帯に三角巾をして登校してきた。聞けば、傷口が悪化して手術したのだという。みんな驚き、「掃除当番はしなくていいから」「学校休めよ。無理すンなよ」と言うと「悪いな。ごめんな」と答えていた。翌日も当然ながら腕を吊ったまま教室に現れた。ところが前の日の夕方、包帯も何もしない姿で、近所の仲間と缶蹴り遊びに大騒ぎをしている姿をクラスメートが見たと言う。「彼の怪我ウソなのよ。最初の怪我はホントだけど、傷口が悪くなって手術したって、ウソなのよ」、うわさはパーッと広まった』・・・。要約するとこんなところだが、この話は面白い。みんなに嫌われていた悪がきにとって、ガラスを割ったとか悪さをして注目を集めるのではなく、他人からの「心配」だの「気づかい」だのと、今までの彼にはなかった種類の注目が集まった。その上、白い包帯で腕を吊るという恍惚。本当に怪我をしたあの日、思いがけずにクラスのスターになったのである。
 
 この話は内館牧子の中学生のときの話だったが、このての話は大人になっても変わらないものである。三角巾の少年と似たような話はごろごろ転がっている。たとえば話は急に飛ぶが、政界、自民党を今すぐにでも辞めそうな雰囲気を出しながら、結局は辞めないでとどまり続けている議員は多い。これも中学生の三角巾を当てはめて考えてみれば面白い。もちろん正当な内部での反対、対立意見、平場での主義主張を戦わせるのは実のあることだが、辞めそうな雰囲気を出しながらの議論だとおかしくなる。台風は来るまでは大騒ぎをするが通り過ぎれば忘れてしまうとまで揶揄されていた渡辺喜美前行革担当大臣、本当に飛び出していってしまったから評価されているが、いつまでも引きずっていたら相手にされなくなっていた。中にいてグズグズマイナスの意見を徒党を組んで言い続けていると、どこから見ても三角巾の少年のレベルを抜け切れなくなってしまうのである。

 予想と違って、ものすごく強くて優勝した大相撲の横綱朝青龍の左ひじの痛みも、あれは何かのときの保険、三角巾だった様な気がしてならない。やくみつるはこのことを痛烈に批判している。人が集まる組織の中では、この三角巾に近い話は常に出てくる。マイナスのグズグズした行動と発言で組織の注目を集めるやり方である。団体でも企業組織でも必ず起きてくる。そして、三角巾の少年と同じように大勢の注目が集まっていくから一層始末が悪い。決して前に進んだ方向とはならない、どちらかと言えば集まった注目の結果、組織全体がグズグズ感と共にじわじわと後退しているのである。いつの時代であっても、こういった組織の動きはあったことだろうが、最近は「三角巾の少年」の行動に当てはめてみれば一気に理解できてしまう動きが本当に多い。浮き彫りにされるのは横並びの群れと同情である。「なぜ 日本人は かくも 幼稚に なったのか」(福田和也著 角川春樹事務所刊)、書棚から引っ張り出してもう一度読み直している。(青柳 剛)

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