□ 人生の速さ                                                         平成25年2月18日


 帰省するときに必ず利用していたJR在来線の各駅停車の列車に久しぶりに乗った。東京からの帰りに新幹線で高崎まで、そのあと沼田までの約47分間を上越線に乗って帰ってきた。正月の3日のことだった。いつも乗り降りしている上越新幹線の上毛高原駅に降りても迎えに出てくれる人は頼めない、みんな正月休みだ。かといってタクシーに乗れば5千円近くもかかるし、閑散とした新幹線の駅、何台も待機していないタクシーはあてにならない、その上すぐに乗れなければ、寒空に凍えながらタクシーがくるのをじーっと待つことになる。自分の車を屋外の駐車場に置いておくという方法もあるだろうが、この時期雪が降れば車はスッポリと埋まってしまう、雪をかき分けながら車に乗り込んでエンジンをかける時の冷たさは身に凍みる。そしてじっくり時間をかけてエンジンをかけ続けなければ、凍てついたウインドウの氷も融けていかない。夜の雪道の運転は不安だ。こんなことを考え、20年ぶりどころか30年ぶりになるだろうか、昔乗り慣れた各駅停車の列車に乗ったのである。

 「渋川を過ぎたあたりから景色がぐっと変わってくる。関東平野を外れた素朴な自然が眼の前に迫りだすね」と大学の建築学科の安東勝男先生に卒業論文の発表の席で指摘されたのを思い出した。車窓から見える風景は、あの時とほとんど変わっていない。利根川・吾妻川などを横切る鉄橋も当時のまま、眼下に見える川の流れも素晴らしい。トンネルを抜けるたびに景色は入れ替わり、少しずつ山奥へと電車は蛇行しながら進んでいく。恐らくこの何年間かの間に家並みは綺麗になったのだろうが、高崎から渋川までの間もそんなに変わっていない。新前橋・群馬総社・八木原・渋川、駅前中心に工場が進出し、その周りに街並みが広がっていった過程が今でもよく分かる。使われなくなった引き込み線路まで残っている。今なら高速道路などの周辺に工場が出来上がっていくが、貨物列車を利用した輸送路の確保が大事だったということだ。過去との記憶の距離を測りながらの47分間の各駅列車、パノラマのページをめくるように景色が入れ替わり、あっという間に沼田駅に到着したのである。

 まだまだ残暑が厳しかった9月中旬、秋田・青森に出かけた。新幹線の「こまち」を大曲の駅で降り、横手までの在来線に乗り換えた。急に速度が遅くなった分、列車の車窓から見える風景は身体全体で感じ取れる。車内の人間模様を観察しているのも楽しい、生活感がそのまま出ている。座席に正座している人までいる。方言もそうだが、秋田の人の透き通るような肌の色が違う、秋田に来たという感覚はこの辺から味わえる。翌々日の夕方、帰途に就いた弘前から新青森に向かう在来線は相向かい座席、それこそ生活列車だった。「うわあーこの間見た『21_21DESEIGN SIGHT』の『東北てまひま展』、そのまんまだあ!」と岩木山のふもとに広がる夕日に映えるリンゴ畑の迫力に感激していたら、隣の席に並んだ女性が声をかけてきた。ここ何か月か実家に殆んど毎週来ているらしい。80歳になろうとする父と母のリンゴ畑の手伝いだそうだ。「後継ぎのいないリンゴ農家は大変、人を頼むのにもみんな同じ時期の手入れだから難しい、もうやめればいいと思う時もあるけど何にもしないでやめるわけにはいかない、隣の畑まで荒れて行ってしまう・・・・」、弟は東京で建築設計事務所をやっていて、当てにならない。「冷房もない実家での手伝いに疲れ果ててこの電車に乗るとホッとする、それでもこれから新幹線の『はやぶさ』に乗れば夜の九時過ぎには東京の家に着く・・・」とリンゴ農家の苦労話を聞きながら新青森駅に到着した。
 
 
 考えてみれば上越新幹線が開業したのが昭和57年だから30年以上も在来線に乗っていなかったことになる。正月と雪模様という特別な時期の移動が在来線の列車に眼が向くことになった。30年前との距離を測りながら眺める景色はどれも新鮮、いつも当たり前のようにスピードの速い移動のことばかり考えながら生きてきた。外の景色なんか何にも見ないで東京との行き帰りを繰り返している。車の移動も高速道路の移動だと街の変化に気が付かない。それだけ毎日の情報量が少なくなっているということだ。ちょっと時間を取って見直してみれば見えなかったものが見えてくる。同い年の鉄道大好き、隣の新潟県出身の作家関川夏央の文章、「駅停車時間、対向列車待ち合わせ、すべてを勘定に入れたうえでの平均速度を表定速度という。ローカル普通列車の表定速度は時速40キロメートルくらい、その程度の速さが乗っていて快い。車内の乗客見物も車窓風景も面白い。なんとなくだが、人生そのものもこれくらいの速さではないかと思う。風景はゆっくりと過ぎ去り、2度とは還らない」(「やむを得ず早起き」小学館刊)、・・・なるほど表定時速40qか、人生いい速度だ。



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