□  かたちと道具                              平成14年6月19日



 ‘かたち’は道具の変化によってかたちづくられる。建築を設計する‘かたち’は生産システム、技術、工法、時代背景、宗教…から受ける力が大きいが、設計する道具によっても影響を受けてきた事も見過ごしてならない。

 インクがこぼれ、にじまないように烏口を使う訓練から、建築製図は始まった。即ぐに製図ペン(ロットリング社製等)にとって変わられたが、手先で微調整をしながら図面を描く技術は大変だったし、仕上がりは製図ペンとはかなり趣きは変わり、味のある図面となる。製図版の端にT定規をきちんと押さえつけて三角定規と組み合わせながら、T定規を左手で巧みにスライドさせながら図面を仕上げていく。前後にスライドさせる訳だから熟練を要する。しかしながらT定規の右はじの部分をかくのは大変だ。T定規の次に、前後にスライド自由な平行定規がでてきた。製図版のはしからはしまで、水平線はT定規と違って思い切り一気に書ける。この感覚が実に良い。それまであまりなかった長い水平線を強調した建築が、平行定規とともに設計されるようになったことはあまり知られていない。

 ‘ドラフター’。平行定規の次にドラフターが多く使われるようになった。元々機械製図用なのだが、建築の図面を描くのにもどこの設計事務所でも使われだした。T定規、平行定規と違って、ドラフターは角度が自由に描くことができる。15°おきに「カチッ」「カチッ」と音がして、角度が決定される。今までの水平を強調した建築から、斜めの角度を多用した建築が設計されるようになった。45°に振れた壁の建築は、訪れた人にただの水平、垂直で構成された四角の建築と違った感じ方を与えてくれる。

 最近は殆どパソコンの‘CAD’が主流になった。‘烏口’のインクを気にすることもないし、どんな角度でも、水平線でもOKだ。曲線でも、曲面でも、楕円でも、自由なかたちの建築を設計することにためらう気持ちがなくなった。バブル最盛期、街中に本当に自由なかたちの建築が設計され続けてきた。身体の延長としての‘道具’と‘かたち’。厳しい経済情勢の中、自由な‘かたち’のデザインが‘道具’によって制限されなくなった今、どんな建築のかたちが主流になっていくのか見極める眼差しが必要だ。



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