□  京都人だけが知っている                              平成14年7月4日



 ‘京都人だけが知っている’(入江敦彦著蒲m泉社)。久し振りに京都に行ってきた。夕食までの空いた時間に散歩しながら、祇園の本屋で買ってきた本である。京都生まれの京都育ちの著者が、京都人の生活と考え方を書いてあって面白い。かつて自分が通り過ぎる観察者の眼として、足繁く京都に通い続けた頃が懐かしく思い出される。

 かなりの景観論争になった、山田守設計の京都タワー(1964.12)。いつの間にか京都に来たという実感が、新幹線を降りる度に感じられる様になった。「清水」の寺から見渡す雨上がりの京都の街並みに、雲の切れ間から夕日に照らされた京都タワーの光景は強烈だった。原広司設計の京都駅(1998)のゲートにさえぎられて、京都タワーもかすんできた。不特定多数の人が行き交う結節点としての駅舎建築。巨大なかたまりの中にえぐられた大きな吹抜けのヴォイドと拡散光。軸線のずれたパースがかった階段と、正方形の穴を刻み込まれた換気塔の繰り返し。建築家原広司の「住居に都市を埋蔵する」理念そのものかも知れない。

 宇治平等院・宝物館鳳翔館を訪れた。宇治平等院はNHKで壁画の修復作業と、精密なCGで紹介された。建築家栗生明設計の「鳳翔館」。平等院全体の切れ目のないシークエンスのつながりの動線の核として配置されている。平等院を見終わり、「鳳翔館」の地下へとアプローチする。美術品の展示をながめながら、外部空間もたくみに内部に働きかけてくる。美術品を見終わって階段を上り切ると、地上の全面ガラス張りのロビー、外部の「縁」にたどりつく。視線が巧みに複雑に回転する、設計者の意図が伝わってくる。日本建築の柱と梁をデフォルメさせた金属の丸柱と鉄骨リブ梁。軽い屋根と障子をイメージさせる和紙スクリーンの外壁。

 ‘らしさの表現’。京都ほど日本の中で都市の文脈が明確になった街は数少ない。盆地の地形に濃密な歴史ある街づくりが出来上がった分だけ、文脈は明確になる。通りすがりの観察者の眼は、ややもすると表面的なジャポニカの眼に陥りやすい。京都人だけが知っている‘らしさ’の向こうに、京都‘らしさの表現’を強く働きかけてくるかたちを、探り続ける建築家の眼が大切だ。「風景」の真っ只中をはいずりまわりながら、住み手と作り手の距離を測りながら埋めつづける行為が設計行為である。

京都タワー 京都駅 京都駅 宇治・鳳翔館

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