□  銀座の理髪店                                   平成14年10月11日



 理髪店を選ぶのは、散髪をするカッティングの技術は勿論だが、自分の髪型へのこだわりと散髪する側の考えがファッションも踏まえた上でいかに一致するかにかかっている。今でも若い人にまで人気のある吉田拓郎が歌っていた「結婚しようよ」、学園紛争の時代を過ごしてきた世代だから自分は基本的には「長髪世代」。最近は勿論長髪はあまり見かけないし、後頭部を短く刈り上げたスポーティーで清潔に見えるのが主流、サッカー選手のような色とりどりの髪型もあたり前になってきた。「長髪世代」だからきちんと、定規にあった床屋に行ってきたというかたちでなく、自分だけの自由な髪型にこだわりたい気持ちが抜け切れないでひきずっている。

 15年近く前、体調を崩して東京の大学病院に3週間程入院した。入院して、1週間程点滴を続けるうちに炎症は治まり、すっかり元気になったのだが、原因は不摂生と過労。それでも風邪をこじらせての肺炎に続いての入院だから、気分は落ち込み、無茶の利かなくなってきた世代へと移りつつあることを身にしみて実感した。退院間際の外出許可、何気なしに散歩がてらに入ったのが「銀座の理髪店」。その時の病み上がりの身体の回復感と一体となった爽快感が忘れられなく、以来ずーっと同じ理髪店。東京に出かけた時を見計らって通い、かなり古いお客の1人になっている。

 ブランド品を身に付ける事にもあまり興味がなく、好きに本が買えて、たまに旅行にでも出掛けられれば、車だってちゃんと走れればいいなんて思っているから世に言う、あまり贅沢はしない、したくない性格だと自分のことを思っている。普段の生活の中で贅沢は少しばかり料金の高い「銀座の理髪店」に通っていることぐらいかも知れない。15年間1ヵ月半ごとに通い続けている訳だからカッティングの担当者もずっと同じ人。髪の切り方の注文もいらないし、ハサミで綺麗に散髪、シャンプー、フェイシャルとなる。相変わらず最初に訪れた時の爽快感は、何も考えない1時間40分の間に必ずやってくる。

 理髪店の散髪するカッティングの技術は、ハサミの使い方で上手、下手は充分理解できるが、埋めきる事が出来ないのが自分の髪型へのこだわりの好みと散髪する側との認識のずれ。施主と設計者、設計者と施工者のずれもこんなところにある。自由な自分だけの髪型にこだわり続けた「長髪世代」は、器用に自分でハサミとレザーを上手に使ってできるだけ型にはまらない髪型にするのが、型にはまった世の中に対してのちょっとした異議申立て。自分に最適だと思って通い続けている「銀座の理髪店」、それでも自分だけの自由な髪型との違和感は埋め切れない。1時間40分丁寧に時間をかけて「銀座の理髪店」を出たあと必ず何処かの化粧室に寄って櫛を入れ直すことをやめられない。
                                                       (青柳 剛)



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