□  「赤字決算」                                               平成14年11月29日



 「人生は、赤字決算であればあるほど良い」。日本の企業の70%以上が赤字決算。税収も上がらない。前向きの経済対策が実行されないからしょうがない。地方の自治体から始まって日本の国全体も赤字国債発行が止まらない。企業経営にとって気になるのは明日のパン、目の前の黒字が大切。そんななかでも赤字で良いのは、「人生」だけ。赤字であればあるほど「人生」終わりよしとなり、いかに赤字で「人生」終わりに出来るかとなる。曖昧で不安な事の繰り返しが「人生」。マイナスの事に目を向ける事、「若さ」を忘れてならない。

 今ではほとんど聞かれなくなってしまったが、1960年代・70年代に「資本論」を読んで全国各地で吹き荒れた学生運動も保守的な体制、上の世代に楯突いていく「無謀さ」によって評価されていく。社会から離反した独善的とも思われる若者の行為が「純粋さ、潔癖さ」と一体になったときに自己の糧となる。国の方向性が大きく変わったわけでもないし、ましてや身近な大学の体制に大した変化が起きたわけでもない。空しいマイナスのエネルギーが残っただけ。結果を省みずマイナスのエネルギーを投入する事は、既存の体制、考え方に挑戦する事、そして自分を奮い立たせるアバンギャルドの精神へと結びつく。結果は決まっていつもあるものではないし出てくるものでもない、結果を期待しない純粋なエネルギーを費やしたプロセスのみが「人生」の糧となる。

 建築の設計行為は赤字の繰り返しだから面白い。世界中から応募する国際建築設計競技も結果だけを考えていたらチャレンジしてはいられない。住宅一軒の設計段階で格闘するのは何本ものロールのトレーシングペーパー。フリーハンドのスケッチを何度も積み重ねていく。まとまったと思ったスケッチが捨てられていくのは当たり前。一日一案と自分に課した案も陽の目を見るのは結局一つだけ。膨大な量のエネルギーが、一つの建築デザインを決めるまでに消えていく。昨日までのエネルギーが翌日にはスタートラインに逆戻り。それでも捨てられたマイナスのエネルギーが、赤字分が、多ければ多いほど納得のいく建築のデザイン。思考錯誤の繰り返しがものつくりの原点、創造精神となる。デザイン&ビルドからはなかなか名建築は生まれない。

 一プラス一が確実に二以上の結果を求められるのが資本主義社会の効率経営。常に結果はきちんと出さなければならない。「スピード」と「変化」。忘れてならないのは企業を支えるのは個性豊かな幅広い「人」。いきなり結果ばかり追い求める「人」の集まりでは「変化」に対応していけない。必要なのは、駄目だと思っても努力していく人間、失敗を恐れずチャレンジ精神を持って自分で行動する人間。ハウツウ、マニュアル人間を企業は求めない。少しずつ黒字の繰り返しで人生を送ってきた人の行き着く先が年功序列、終身雇用の今までの日本社会のイメージ。企業はマイナスの部分、いかに赤字を積み重ねて送ってきたか、無駄な事でも自分で努力する「人」、もう少し言えばリスクをとってきた「人の生き方」によって支えられている。「人生は、赤字決算であればあるほど良い」。「若さ」は自分ときちんと向き合えるかどうか、マイナスのリスクの中にあるのである。

                                          (青柳 剛)



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