冬の金沢                                                   平成17年1月28日


 住んでいない人の思い入れはどんどん増幅していく。生活していれば違う感覚が澱のように漂ってくるのはどこに住んでいても同じ事、気儘に訪れるから思いはますます良い面ばかりが残っていく。生活している人にとってはどんなところでもそこは日常、通りすがりの眼とは違う。「行くんなら冬、冬の金沢が良い」と言ったのも金沢生まれで今東京に住んでいる人。それでも生まれ育った人の感覚には別の深みがある。「兼六園なんかは朝早く開園になったと同時に行くのがいい、誰もいない雪の兼六園は最高、後は日本海の魚はなんと言っても冬・・・・」。こんな話を聞けば冬の金沢、行ってみたくなる。そう言えばこの数ヶ月金沢に行ってない。毎月のように行っていたのに途切れた数ヶ月、そのうち出かけてみようかって気にもなってくる。

 建築の分野の人間だから最近の金沢の事を書くんだったらやはり「金沢21世紀美術館」から始めなければならない。そうは言っても、完成してからまだ訪れていない。今度行ったら是非見に行かなければならない。最後に見たのが工事も殆ど仕上げの追い込みの時、綺麗に仮囲いも取れ全体が見渡せる。行ったり来たりして何度も見続けた。敷地いっぱいものすごい数の作業員だった。白い円形の建物に向かって廻りの造成が下り勾配になっているのが良い。敷地がどこからでも建築に向かっている。円形だからもちろん正面性はない。軽さ、脱構築性の建築などといわれてもこの建築の一番の特徴は円の中に自由に四角の展示スペースをとってある事。円と四角の間に出来たずれが動線、美術館の基本は一方向の単一動線、どこからでも展示室に複雑にアクセス出来、鑑賞者の側に立った美術体験ができると言うことである。

 昼飯を食べるのはいつも決まって香林坊の洋食ランチ、金沢に行き出してからいつも同じコースになっている。「金沢で洋食」って奇異な感じがしないでもないが味も良いし、店の雰囲気に清潔感が漂っているから食べに行く。流れているBGMもお洒落だし、バイトの女の子も化粧っけがなくて明るい。カウンターで昼のランチを食べながら、マスターとお客の会話を聞いていると面白い。最近どうもあの店、仲間内のお客が多そうだってことも分かってきた。ごついゴジラのようなマスターは、スポーツ選手、きっと金沢で全国的に有名なあの高校の野球の選手だったのかも知れない。夏に行けばカウンター越しに甲子園の話ばっかりしているお客とは昔の野球仲間なんだろうなあと最近勝手に思っている。夜は、もちろん魚、すし屋でも行けば良いけど少し奮発して東茶屋街のとっつき左手の料理屋がいい。古い御茶屋と蔵のコンバージョン。吹き抜けには宙吊りになったガラスのブリッジが走っている。ここも出来ればカウンター、外を歩く人影がカーボネイトにシルエットになって映し出されるのがカウンター席からしっかり見える。いいデザイン感覚だ。

 注意しなくてはならないのが金沢のタクシー、接客マナーはとんでもなく悪い。今時こんな商売があるんかといつも思ってしまう。そりゃあ観光地だから一日中乗り回してくれるお客も沢山いる。そういうお客に眼が向いているのは分かる。それでそんなお客にだけは良い接客態度をしているんかと思うけど普段からやっていなければ急に出来る筈がない。ワンメーターのお客を大事に出来なければ金沢全体のイメージまで悪くなっていく。金沢駅で最初に言葉を交わすのがタクシーの運転手、第一印象はここから始まる。それなのに、いつも一言も喋らないタクシーの運転手が大半という状態には閉口する。愛想よく喋ってくれたのは今までたったの二回だけというのは情けない。「めずらしいねえ」と喜んで話を合わせてみれば、二人とも大阪と京都から来たばかりの運転手。大阪なんかは本当にタクシーのサービス合戦そのもの、価格も競争、接客態度も競争、乗っていて気持ちが良い。金沢のタクシー、これは観光地には本当にありがちな話、今度乗るのは市内循環のフラットバスなら間違いがない。

 いろいろ旅行誌「るるぶ」みたいに書いていけば書くことは沢山ある。床がぎしぎしする石川近代文学館(旧制五高)の静まり返った書物の匂いがする独特の雰囲気も捨てがたいし、食べ物も金沢駅の生姜入りかき揚トッピングの「白山そば」が何よりも安くて美味かったりする。歩き疲れたら「ニューグランドホテル」のそばのマッサージが良いし、映画館もみんな郊外に行ってしまったといっても香林坊の「102」の中の小さな映画館は相変わらずかなりいい映画を企画上映している。金沢駅も訳の分からないデザインのハイテク巨大空間に変わった、昔の駅前の「都ホテル」の前から地下道に入って電車が来るまでの待ち時間をつぶす「イカ刺しに熱燗」は良かった・・・・。きっとここで書いていることも気まぐれに訪れた勝手な思い入れ、思い入れはどんどん増幅していく。住んでいる人の見る眼ならきっと別の見方になる。住んでいる人なら観光名所には殆ど行かないだろうし、武家屋敷、茶屋街よりも犀川のほとりをのんびりウオーキングでもしていたほうが楽しい。室生犀星の詩まで生まれてくる。そうは言っても、そろそろ一番寒い冬、震えながら金沢に行ってみれば今の生活の澱んだおりが抜けて行く。土産は加賀棒茶。帰りには荒れた日本海を見ながら越後名産「柿の種」で日本酒、荒々しい日常があっという間に又戻ってくる。

                                          (青柳 剛)

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