□ 誰もいないジム                                                平成19年6月11日


 ノイローゼという正式な名前の病気があるかどうか分からないけれども、心の病にかかると立ち直るのには大変だ。心が落ち込むほうにばかり進んでいく、ふさぎこむ、ひとつのことしか考えられなくなる。いつも頭から離れない。不安感はどんどん募っていく。手のひらにはそれまで汗なんかかいたこともないのに、じんわりべとべと汗をかく。もう少し進むと足の裏にまで汗をかく。きっと動悸が激しいから汗をかく。こうなったらじっとしているのも出来なくなる。いつも動いていないといられない。落ち着きがなくなってくる。廻りの人には、あの苦しみは到底理解できない。元気を出そう、少しでもプラスの発想をしようと闘争心燃える「ロッキーのテーマ」なんか聞けば、ますます落ち込んでくる。手が付けられないとは、あの時のことをいう。心の病は、そう簡単には治らない。

 脂ぎった顔で眼の下にクマでもつくって医者に行けば、すぐに睡眠導入剤を処方してくれる。悩みに対処してくれる処方箋はありがたいが、所詮対処療法でしかない。睡眠導入剤は、睡眠を導入するには役立ってもぐっすり朝まで眠るなんてことにはなり得ない。3時間もすれば眼が覚めてしまう。あとは朝までもう寝付かれない。薬も身体が慣れてしまえば効果は薄れてくる。薬だけでは足りなくなるから、一時の気休め、酒の力まで借りるようになる。酒と睡眠導入剤の組み合わせになれば本当に辛い。眠れないから酒を飲む、酒を飲むからすぐ目を覚ます、仕方ないから睡眠導入剤をもっと増やす。こんな悪循環に落ち込みながら、一日中朦朧とした日々が続いていく。そのうえ、酒と薬は身体に溜まって残りだす。しみ込んだ酒と薬、身体全体が甘ったるい感じにまでなってくる。

 こんな状態を見るに見かねて連れて行ってくれたところが、筋トレジムだった。社内の若い2人の男性社員と女子社員が誘ってくれた。10年以上経った今、車に乗せてまで連れて行ってくれたことを思い出す。10分間のエアロバイクから始まった。後は、一通りほんとに軽いウエートでマシーンすべてを行った。翌日からは、激しい筋肉痛、頭痛まで出てきた。それでも1時間余りの筋トレで汗をかいた。じわじわ出てきた汗の感覚が気持ちいい。それまでは暑いときに汗をかくということぐらいしかしてこなかった。体内が燃焼して汗をかくなんてことはなかった。頭痛がして筋肉痛が残っていても、あの汗の感覚が忘れられなくて、それこそ一日おきにジムに通いだした。疲労感でようやく朝まで眠れるようになる。なまっていた身体も1ヵ月もすると少しずつ変わりだし、3ヵ月後には筋肉が熱く動き出す感覚まで分かるようになってきた。

 どうしようもないノイローゼ状態から立ち直ったのは、筋トレジムだった。エアロバイクの時間はどんどん長くなっていくし、仕上げのウォーカーもたっぷり40分はこなすようになった。いつのまにか、マシーンからフリーウエートにまで切り替えた。1500CCのペットボトルを抱えながら、それこそ何にも考えないジムの2時間半は、前向き思考に大いに役立った。あの頃は他にお洒落なジムもあまり流行っていなかったから、かなりの人で溢れていた。ウエートの順番待ちなんて状況にもなっていた。今では、綺麗でお洒落なジムも出来てきた。ひとり抜け、2人抜け、月日がたつうちにジムに通う人数は、今ではもう殆どいなくなってしまった。汗臭くて男臭い「あしたのジョー」に出てくるような本格的なジムは、今の時代にはきっと合わない。それでも新しくてお洒落なジムにいってみようという気にはならない、「誰もいないジム」への思い入れは、そう簡単には消えていかない。

                                          (青柳 剛)

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