□ 建築家シリーズ(磯崎新)                                                              平成20年2月4日


 建築大好きな人達の間では、建築見学ミニツアーとして群馬では高山の「県立天文台」・伊香保の「ハラミュージアム・アーク」・高崎の「群馬県立近代美術館」の三つの施設を見て廻るコースがあるという。三つとも磯崎新(1931〜)の設計だ。1日がかりで著名な建築家の作品を見て歩くのも、いろんなタイプの建築家の作品を見て歩くのと1人の建築家に的を絞ってみるのと、ふた通りある。的を絞ってみる良さは、その建築家の考えの軌跡をなぞることが出来ることである。時代を追って変わっていく事が見えてくるから面白い。磯崎の出身地の九州には磯崎の作品が数多いが、東京から近い群馬に、1960年代後半から日本の建築界にあって時代を先取りしながら常にアバンギャルドとして活躍してきた磯崎の作品が三つもあることを自慢していいのかもしれない。

 「ハラミュージアム・アーク」は1988年、伊香保グリーン牧場に隣接して竣工した。磯崎にしては珍しい木造建築である。ロケーションがいい、なだらかな勾配になっている丘状の敷地に建っている。廻りを見渡せば群馬の山々が見渡せる。外壁は黒く塗られた下見板張り、展示室はエントランスホールを中心に放射状に三つの棟に分かれている。展示室の採光はトップライトあるいはトップサイドライトによってとられている。今では複雑な動線による美術館も見受けられるようになったが、展示室からいったん外に出て次の展示室へと移動しながら美術を鑑賞する手法は当時珍しかった。閉じた箱としての展示室で現代美術を鑑賞しながら直接的に外部空間としての自然と関わりを持つ仕掛けは心にくい。現代美術と自然との対峙を問いかけてくる。

 磯崎新が1970年代、「建築の解体」(美術出版社)という理念を掲げて問題提起をしたことは衝撃的なインパクトを建築界に与えた。新しい時代が開かれたことを印象付けた。「建築の解体」はもう少し分かりやすく言えば戦後それまでの日本の建築が歩んできた「近代主義建築の解体」と読み取れる。機能主義・経験主義・技術主義への決別であり、単純幾何学形態としての立方体、円により抽象化された形態操作を試みたのである。建築におけるマニエリスムの表現だった。その代表的な作品が日本建築学会賞を受賞した「群馬県立近代美術館」(1974年)である。同時期に「北九州市立美術館」、「北九州市立中央図書館」、大分の「富士見カントリークラブハウス」と立て続けに発表し、ポストモダンの代表的な建築家として活躍してきた。

 歴史の文脈をしっかり捉えた上での建築活動だから磯崎の評価は国際的にも高い。「空間へ」(美術出版社)から始まって著作の数は多い、建築雑誌に発表される論文は難解だが読み応えがある。建築設計に加えて活発な評論活動も日本の建築界を牽引してきた。コンセプチュアルな建築家として海外から信頼されてきた所以である。最近は中国、中東、ヨーロッパにも活動拠点を移している。そんな磯崎の建築見学ミニツアーが群馬で出来る、年代順に「群馬県立近代美術館」〜「ハラミュージアム・アーク」〜「県立天文台」と廻るのがいい。磯崎の思考過程が読み取れる。ポストモダンの原点としての代表作から自然豊かなこじんまりした伊香保、そして600段の遊歩道を登り詰めれば群馬の山々の頂を見渡せる天文台へと辿り着けるのである。(文中敬称略)

                                          (青柳 剛)

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