□ 「男の持ち物」                                                          平成25年4月3日


 「男の正装には11のポケットがある」と書いていたのは浅田次郎(「ま、いっか」、集英社e文庫)。なるほど、今着ている背広にもそのぐらいの数のポケットがついている。クールビズから始めたポケットチーフを飾っている胸のポケット、内ポケットが左右両方、そのそばには蛍光ペンを刺した縦に細長いポケットが、左裏裾には、喫煙をしていた頃、タバコと使い捨てライターを入れていたポケットもある、たまに裏返して掃除をしないと「煙草のキザミカス」でとんでもないことになっていた、今では「無線ルーター」を入れるのに丁度いい、裾外ポケット両側には布の小さな薬入れと何枚になるだろうか、膨らんだ名刺入れが入っている、ここまでが上着。右側のズボンにはハンカチ、ズボンの尻には年末に手に入れた、コインも入って最大13ミリの厚さ、世界一の薄さを誇る二つ折り財布「アブラサス」、左側にはポケットティッシュが入っている。あとは右裾の小銭入れの内ポケットとズボンにも二重ポケット、これで合計13か。他にも携帯電話を入れているワイシャツの胸ポケットまで数えれば、14ものポケットにいろいろなものを入れながら持ち歩いている。

 ズボンのポケットひとつが空いているが、さすがにこれ以上は入らないというか、これ以上入れて持ち歩くと背広の型が崩れ出してしまう。最近は眼の調子がそんなに良くないから目薬、近視も強弱2種類の強さの眼鏡が必要だ。それに頻繁に更新されていくスケジュール管理と原稿のチェックに「タブレット端末」を持ち歩かないと用をなさない、IT機器はそれこそ便利、他にも手書きのメモ書きノートと色違いの蛍光ペンも必需品。あとは家の鍵、手荒れ防止のハンドクリームも、こんなところが毎日出かけるのに最低限必要な持ち物だろう、これ以上は減らせない。そんなことを考えて東京駅の「大丸」のカバン売り場で2年半前、「黒い小さな手提げバッグ」を手に入れた。時間つぶしに6階の紳士売り場を歩いていて偶然見つけた、縦18cm横26cm幅が11cmとどちらかといえばカチッと直方体になったA5版大のバッグ。3か所に分かれているから小分けになっていて持ちやすい、黒い皮の肌触りも滑らかなのが気に入った。手持ちの現金で買えたから、そんなに高い買い物ではなかった。あれから、どこに行くにもこの「黒い小さな手提げバッグ」を気に入って持ち歩いていた。

 「良いカバンですね、柔らかそうな皮なのに型崩れしなさそう!」「光っていないマットの黒がいい」「お洒落!どこで買ったんですかあ」「高そうですね」と言われながらどこに行くにも、気をよくしながら、持ち歩いていた「黒い小さな手提げバッグ」。会議も、夜の飲み会にも手放さなかった「黒い小さな手提げバッグ」。ところがこの「黒い小さな手提げバッグ」、最近雲行きがおかしいことに気づき出した。「あれえ?雑音が聞こえる」と思えることが何度かあったのだが、極め付きは大学時代のなんでも言い合える40年来の建築家の友人の一言だった、「あの『黒い小さな手提げバッグ』だけは何とかした方がいい、札束が入っているような気がする。大きさもそのぐらいじゃない?いくら入るんだよ!見ていて品がない 両目に$マークが浮かんでくる」と、強烈な一言。そういえば建築家グループの人達だけと一緒のことが何度もあるが、似たような「黒い小さな手提げバッグ」を持っている人は誰もいなかった。1人で浮いていた。彼らはスケッチ帳を入れたりする、肩掛けバッグが多い、しかも使い込んだヨレヨレの多分外国製の持ち物。あとはせいぜい大きめのアタッシュケースを持ち歩いている。「黒い小さな手提げバッグ」、この業界にいるから、お洒落な持ち物に見えていた。

 そう、「男の持ち物」はその人の歩んできたというか、歩んでいる雰囲気を分かりやすく表現する。抵抗感なく持っていた「黒い小さな手提げバッグ」も別のジャンルの人には違和感を抱かせた。「らしさ」はきっとこういった身近な小さなことから形つくられていくし、変わっていく。冒頭の浅田次郎の話に戻ると、「男には女の服装と違って沢山ポケットがある、女は小物入れを持ち歩くが男は何にも持たないで歩くのがいい、そのためのポケットだ」というようなことが書いてあった、「敵に襲われたとき、戦うために両手は何にも持たないのが男」というまとめで締めくくられていた。「なるほど、そのためにたくさんのポケットがあるんかあ」と言われてみれば納得をする、確かに着ぶくれをした警察官も自衛官も両手には何も持っていない、傘も差さない、「拳銃と手錠と手帳が入ったバッグ」を持ったSPでは絵にならない。休日の電車の中でよく見かける「外に出て戦う男」、荷物をたくさん持って子供まで抱いて、連れの女が肩から小さなバッグだけ、「あれは男がどう戦うんか」と思うが、浅田次郎風に考えれば、「これからの時代は強い女が戦うんだろう」。「男の持ち物」、あれこれ考えるが、最近は「黒い小さな手提げバッグ」から肩掛けの「黒いバッグ」に持ち替えてみようかと思っている、これなら建設業以外のいろんなジャンルを行ったり来たり出来そう。あとは「男らしくやさしい女を守り、敵と戦える?」・・・そんなことはもうないか・・・。(文中敬称略)(群馬建設新聞 3月26日)


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